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2015.01.12

日本の将来はデノミ(redenomination)前のトルコと同じようになるのか

私は海外旅行に行くときには、今でもiPadに電子書籍をダウンロードする以外に紙の書籍を持って行くことにしている。
主にビーチやホテルのプールで寛ぐ時間を取っているときに、それを脇に置いて読むのが目的なのだが、たいていは読み終わったら現地のホテルに置きっぱなしにしている。
昨年末のタイ旅行の際にも古書店で見つけた東ヨーロッパ鉄道一万キロの旅という本を持っていった。
この本を買ったのは、私がリタイアした後の海外旅行の参考にするためだったのだが、第4部の「ブリッジオリンピック参加とイスタンブール・ブカレスト紀行」で、著者がトルコのイスタンブールに到着したときの様子がコラムの材料になりそうだったので、これを引用してみたいと思う。
トルコと言えば、親日国であるほかに、20世紀後半には長年のインフレに苦しんで、2005年1月にデノミ(redenomination)が実施されたことが記憶に新しいところだ。
今ではSBI証券のように、トルコリラがFX(外国為替証拠金取引)の取引通貨ペアになっているFX会社もあるが、今から10数年前、デノミ実施前のトルコリラは紙くず同然のレベルだったのだ。

トルコのデノミ(redenomination)に関しては、私も2005年1月3日のコラムで「トルコ旅行者の憂鬱」として触れているが、このときに私は「これじゃトルコでバスに乗ろうとした場合、円貨換算で800円ぐらいだとしても、トルコリラだと約1000万リラ、第一次世界大戦後のドイツのインフレと同じレベルだ。たぶん旅行者もこれではトルコリラでの支払いなんぞしてないだろうし、トルコ人がドルやユーロで寄越せと言ってるだろう。もし、トルコリラで決済していたとしたら買い物は憂鬱以外の何ものでもないだろう。」と書いた。
ところが、桜井氏の著書を読んで私は卒倒した。
「私は一生懸命(タクシーの)メーターを見た。4200万TLに見えた。それで2千万TL札2枚と先ほどバスのおつりでもらった500万TL札を出した。この運転手は親切で2千万TL札2枚は返してくれた。実際は420万TL(約340円)であった。心の中では4200万TLは高いと思ったが何度見ても4200万TLに見えた。」

何と公的機関でもないタクシードライバーが、インフレによる目減りが進行中という言い方が生易しいくらいの(デノミ前の)トルコリラを受け取っているではないか。
私がタキやノリと一緒にトルコ・ギリシャ旅行(1991年)に行ったときのトルコの観光地では、客引きや物売りの少年が米ドル、日本円、ドイツマルク、フランスフランの為替レートを駆使して交渉をやっていたのだ。
1991年8月から2004年12月までに、トルコリラの貨幣価値は、対米ドルで306分の1、対日本円で390分の1になった。
21世紀に入ったトルコでは、当然、トルコリラなど公的機関以外では通用していないものだと思っていたが、デノミ直前の2004年10月でもタクシードライバーが受け取っていたという事実に私は驚いた。
私が思うに、政府がアベノミクス(第二次安倍内閣の経済政策)でデフレ脱却(マイルドなインフレ)を目指していると言っているうちはいいかもしれない。
しかし、その目論みが狂い、突然インフレが暴走し出すのが経済と言う魔物だ。
外貨との為替計算が日常生活にあった物売りの少年と、自国通貨のトルコリラだけしか頭になかった実直なタクシードライバー、その対比はまぎれもない明日の日本の庶民の姿だと思う。

今の日本の1000兆円を超える国家債務を一般的なやり方で返済できると考えるのは馬鹿げている。
日本経済が突然破綻すると世界に与える影響も尋常でないことから、各国の為政者が日本の国家債務解消のために望むのは旧トルコ型のインフレ経済だろう。
仮に円の貨幣価値が、今後20年間で1000分の1になったとしたら、国家債務は1兆円台になり、これなら返済は容易になって日本も立ち直るだろう。
もっとも、円資産しか持たない人たちは困窮の度合いが尋常ではなくなるので、でき得るならば外貨資産を持つことを勧めたい。
私が1991年にトルコへ旅行したときには、すでにUS$1=4700TLだったから、この時点でも相当にインフレは進んでいたと思う。
それを考えれば、かつてのトルコが将来の日本とダブっても何らおかしいことではなく、円の貨幣価値が20年で1000分の1というのは十分あり得ることだと私は思う。
最近になって私が初心者向けに投資のことを語るとき、まずは外貨や為替に慣れるために、円と米ドル、できれば豪ドルを加えた3本立ての積み立てを始めることを提唱している。
今日、晴れて成人式を迎えた人たち、そして、同年代の若者たちにはこうしたことを踏まえて資産運用を始めて欲しい。
少なくとも、ご両親や祖父母の世代が歩んできた世の中とは違う世界が待っていることを認識した方がいいだろう。

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東ヨーロッパ鉄道一万キロの旅(桜井恒夫・藤間正博著)
第4部-ブリッジオリンピック参加とイスタンブール・ブカレスト紀行

■2004年10月23日(土) イスタンブール 晴れ

今日は10時55分発のオーストリア航空でトルコのイスタンブールに行く日であるが、朝はどこも見るところがないので、ウィーンの街を散歩しながら昨日もらったパンフレットを見て列車CATで空港に行くことにした。
8時にホテルを出発しウィーン中央駅(ミッテ駅、シティエアターミナル)に向かった。
空はどんより曇っていて、地面は昨日の雨で湿っていた。
人通りはほとんどなかった。
ミッテ駅までは地下鉄のU3でシュテファンスプラッツから2つ目で、15分ほど歩くと次の駅のシュツベントールに到着した。
この近くの花屋さんの花は秋にもかかわらずきれいな花がいっぱいあったので印象に残った。
一本道をまっすぐ歩いて行くと10分もしないうちに8時30分にミッテ駅に到着した。
パンフレットによるとこの列車の所要時間は16分で、値段は9ユーロでバスの6ユーロより高いが早く着くのが売り物である。
また本数も1時間に2本出ている。
列車の中は席の3分の1程度が詰っている感じであった。
この切符を駅でなく車中で買うと10ユーロと書いてあった。
数年前にウィーンから空港に行く時に列車内で切符を買ったら2倍以上の金額を払ったことを思い出した。
降りる時に列車の最前列に行き写真を撮った。
イスタンプール行きのチェックインは幸運なことに日本人が担当してくれたので気軽であった。
家内のマイレージが入っていることを確認してくれた。

待合席で待っそいると何人かは見た顔の人がいたのでブリッジに行くのが分かった。
定刻に飛行機は出発し、しばらくすると前の席にいた男女の比較的若いグループが紙を取り出し眺め出した。
私は好奇心で何を見ているのか覗いてみると、ブリッジのオリンピックの対戟表ではないか。
私は思わず話しかけた。「あなた方はどの国のチームですか」。
若い男性が答えた。「オーストリアです。あなたは?」、「私は日本のシニアチームのメンバーで、ウィーンが好きでウィーンで一泊してイスタンブールに行くところです」と答えると彼らは嬉しそうであった。
イスタンブールには定刻よりも数分早く1時55分に到着した。
まず1万円両替をすれば困らないと思い、1万円を両替したら2千万札6枚と1千万札1枚合計で1億3千万トルコリラ(TL)をくれた。
TLの計算方法は0を5個取って8倍すれば日本円に換算できることが分かった。
荷物は、いつも遅く出てきていらいらするのが、今回はどういうわけか一番早く出てきた。
インフォメーションで「ジョワヒルホテルに行きたいがどうすれば良いか」と聞くとタクシーで行けと言う。

外へ出てみると太陽がさんさんと照っていて夏のような感じがした。
運良く目の前にバスが止まっていたので運転手に「タキシム広場に行きたい」と言うと、「このバスに乗れ」と言いながら、荷物をバスの荷物置き場に入れてくれた。
「切符はどこで買うのか」聞くと「2人で1500万TL(約1200円)」と言われた。
実際は数字を聞き取れなくて、2千万TLを出して、500万TLをもらった。
バスには20人ほどが乗っていた。
バスは2時ちょうどに発車。
海岸に沿って交通量の多い道路を走っていく。
海は青くヨットが快適に動いているのが見える。
ところどころで短い渋滞があった。
今日は土曜日のせいか港には人が沢山いた。
左側には線路が見え、1回だけ列車も見た。
約40分でタキシム広場に到着。

ここまでノンストップだった。
ここで運転手に「ジョワヒルホテルに行きたい」と伝えると荷物を降ろしてくれて、走って来たタクシーを止めてくれ、行き先を伝えてくれた。
タクシーはハッチバック式の小型のタクシーであった。
それでも2人の荷物をなんとか載せることができ、3車線の道を走り出したが5分もすると渋滞に入った。
そうするとタクシーは急に反対車線に入って100メートルほど戻って小さな急な坂を下り始めた。
大型のタクシーなら入れないような細い道である。
それからも坂道を登り下りしながら進んだ。
しばらくすると大きな建物が見えた。
運転手が「あれがジョワヒルホテルだ」と言った。
そこから実際にホテルの到着するまでに大分時間がかかった。
私は一生懸命メーターを見た。
4200万TLに見えた。
それで2千万TL札2枚と先ほどバスのおつりでもらった500万TL札を出した。
この運転手は親切で2千万TL札2枚は返してくれた。
実際は420万TL(約340円)であった。
心の中では4200万TLは高いと思ったが何度見ても4200万TLに見えた。

ロビーには平田君が待っていてくれて、チェックインをサポートしてくれた。
地下1階にあるブリッジの会場で登録して、各個人にくれるかばんをもらおうとすると、すでに日本のシニアチームは持って行っているとのことであった。
早速大野さんの部屋に行き、話を聞いてみると、「このホテルはアルコール、食料の持ち込みは禁止」で、このホテルの食事はまずく、高いという話であった。
私はいつもスーパーマーケットに行ってビール、ワインを買うことにしていたが今回はあきらめることにした。
最終的にシニアは全部で29チームの参加で総当り戦をやることが分かったので、何位を目標にしようか話しあったが、昨年の世界選手権の結果などを考えて、結局6位を目標にすることにした。

午後7時半から、明日からのオープンチーム、ウイメンズチームの試合会場になる地下1階の大会議場で開会式が開催された。
約700~800人が参加した。
まずトルコの歴史についてのビデオを放映され、そのあと、若者がアルファベット順に各国の旗を持って入場し、トルコ副首相、世界ブリッジ連盟会長、イスタンブール市長らのスピーチがあり、約30分で終了した。

それからカクテルパーティーが始まったが、お酒に弱い私たち夫婦はすぐに抜け出し、まずいと言われた食堂に行き、ビール、スープ、スパゲッティを注文した。
食事は思ったほどまずくなく、値段もあまり高くなかったが、ビールはやや高めだった。

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