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2009.04.19

政財界がシカト(無視)した労働者派遣業条約

日本政府が1999年(平成11年)7月28日に批准したILO181号条約、正式名をConvention concerning Private Employment Agencies(民間職業仲介事業所に関する条約)といい、ここでいう民間職業仲介事業所とは、簡単に言えば労働者派遣業のことである。
条約の第1条1(b)では、「労働者に対して業務を割り当て及びその業務の遂行を監督する自然人又は法人である第三者(以下「利用者企業」という。)の利用に供することを目的として労働者を雇用することから成るサービス」と規定されていて、間単に言えば、労働者を第三者(企業)に派遣する目的で雇用することである。
そして、条約第2条2は、船員の雇用を除いて労働者派遣業が「すべての種類の労働者及びすべての部門の経済活動について適用」されるとあるため、この条約を批准した日本もそれに基づいて1999年(平成11年)12月に「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」が改正され、労働者を派遣できる対象業務が大きく広がった。

一方で、条約第11条は、国は法律に基づいて派遣労働者(条約の第1条1(b)に規定する企業に雇用される労働者)を保護するために必要な措置を取るべきことが、第12条では、国が法律により、民間職業仲介事業所(派遣元企業)、利用者企業(派遣先企業)の双方に派遣労働者保護の責任分担をさせることがうたわれている。
朝日新聞の記事にもあるようにこちらはほとんどないに等しい。
特に、法令上の社会保障給付(statutory social security benefits)、訓練を受ける機会(access to training)、職業上の安全及び健康の分野における保護(protection in the field of occupational safety and health)、職業上の災害又は疾病の場合における補償(compensation in case of occupational accidents or diseases)、母性保護及び母性給付並びに父母であることに対する保護及び給付(maternity protection and benefits, and parental protection and benefits)については、派遣労働者が適用される法規定があるのかさえ怪しいものだ。

私は先月12日の「今日の一言」で、「経済界が非正規雇用者を増やさなければ国際競争力云々と言うのであれば、せめて彼らに人間らしい住環境を提供できるような政策を取るように政府に圧力をかける義務がある。」と書いたが、これは雇用のセーフティネットにも言えることだ。
国際条約で決められた最低水準のものさえシカト(無視)して「走ってみて問題が出れば改めればいい」などというのは、およそまともな神経とは思えない。
日本でこうした欠陥制度が是正されるまでに何年の月日を空費しているか知らないわけではなかろう。
改革が必要なときは遅々として何もしないくせに、外圧がかかると何も考えずに突っ走るところは日本のエスタブリッシュメントの性癖としか言いようがないほど、今も昔も何も変わっていない。
それとも今や偽装請負で糾弾されるようなキャノンの御手洗冨士夫氏が経団連会長を務めるだけあって、経営者たちはこんなもの(労働者保護法制を規定した条項)はシカト(無視)に限るとでも思ったのか。
いずれにせよ、今議論されている派遣労働者問題も正規社員と非正規社員の待遇を同等にするという観点は非常に薄いと言わざるを得ない。
日本では労働基準法を始めとする労働法制は、罰則規定の軽さと、労働者の無知に付け込んで経営者にシカト(無視)される傾向が強いが、国際条約の規定まで蔑ろにされているとは私も知らなかった。

そして、紀陸孝・東京経営者協会専務理事の「非正社員は女性や若者」、「夫や親が支えになれるし、次の仕事を見つければいいと考えた」という発言は、私が3年前に掲載したエッセイ「少子化も人口減も止まらない理由」で書いたことが極めて正しかったように思える。
要するに日本の経済界の重鎮が、女性の経済的自立など論外、派遣の若者はパラサイトでいればいい、と公言したのと同じことだからだ。
これでは所謂シングルマザーやドメスティック・バイオレンス(DV)の憂き目にあった女性たち、及びその子供が貧困から抜け出せないようになっているのも当然だ。
以下に私が書いたエッセイの一節を紹介するが、こうしたものの積み重ねが後世のツケとなって跳ね返って来ないことだけを祈りたい。

■森永卓郎氏の言う「人生の不良債権」の衝撃

森永卓郎氏が「年収300万円時代を生き抜く経済学」の中で「住宅ローン・専業主婦・子供」を「人生の不良債権」と位置づけたことは、一般のサラリーマン家庭にとって衝撃的だったに違いない。
高度成長時代から政府が標準モデル世帯としているのは、「住宅ローンで買った郊外の家に住む会社員(公務員)の夫に専業主婦の妻、子供2人」というものだし、生命保険会社や金融機関もそれを前提に商品を勧めていたし、今まで多くのサラリーマンは何の疑いも持たずにそうした生活を送ることを当然視していたのだ。
それを今更「違うんだよ。それは不良債権だ。何とかしろ。」と言われて、ハイそうですか、と言えるだろうか。
つまり、バブル経済崩壊後の低成長時代においても、「中年男性」が高賃金という既得権の牙城を死守しなければならない理由は、誰が何を言おうとも選択肢がそれしかないからだ。

果たして森永卓郎氏の言う「不良債権」は中高年サラリーマンにとってどうにかできるものだろうか?
たぶん答えはNOだ。
彼らに残された道は、少なくなったパイを奪い合う生存競争の中で、かつての仲間といえども蹴落としあうことだけだった。
しかもそこに参入させる若者は少なければ少ないほどいい。
まして女性の参加は論外である。

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派遣労働の自由化だけ急いだ日本 (2009.3.18 朝日新聞特集-世界変動-雇用どこへ)

日本で雇い止めが相次いだ派遣労働は、欧州でも「柔軟な雇用」の一つとして広がっている。
1997年に国際労働機関(ILO)が採択した181号条約で原則自由化が認められ、各国が批准したからだ。
だが、この条約は労働者保護もうたい「業種類制から働き手の保護への転換」の意味も持っていた。
欧州では、派遣社員の賃金や失業給付を正社員と同水準にする「均等待遇」の法制化が広がった。

日本が1999年に実施した派遣労働の原則自由化も、同じILO条約が理由だった。
しかし、安全網の論議は素通り。
製造業派遣の解禁を議論した2002年の労働政策審議会では労働側が「均等待遇や安全網の充実」を訴えたが、経営側は「走ってみて問題が出れば改めればいい」と主張した。

ある公益側委員は「規制改革会議の意向で自由化ありきの結論が先走っていた」と振り返る。
日本経団連の川本裕康常務理事は「当時は不況で失業率が急上昇し、就業の多様化で雇用をつくること自体が安全網だった」という。
「安全軽視」の背景には「非正社員は女性や若者」との見方があった。
紀陸孝・東京経営者協会専務理事は「夫や親が支えになれるし、次の仕事を見つければいいと考えた」という。

だが、家族の支えも「次の仕事」も崩れる。
「9月までの契約が終わったら更新はしません」。神奈川県内に住む契約社員の女性(39)は、昨年8月末、突然言い渡された。
夫は大手自動車メーカーの管理職。専業主婦だったが、子どもが生まれた2002年前後の不況で夫の収入は大きく減った。
仕事を探したが、残業できない子持ちに正社員の口はなかった。
今回の不況でも夫の賃金は3割近く下がり、自分の賃金がないと、保育料や住宅ローンが払えない。
日本の失業手当は最長でも約11カ月。この女性の場合、収入の6割が半年間支給されるだけだ。

欧州でも厳しい不況で雇用が揺らいでいるが、均等待遇、手厚い失業給付や職業訓練、労組の応援という支えはある。
一方、柔軟化だけを急ぎ、いま慌てて手を打ち始めた日本。
暮らしの安心に向け、経済危機をプラスに生かす時だ。
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